なぜカイロプラクターになったのか?というお話

とても久しぶりのブログ更新になってしまいました。暑い日が続いておりますが皆さまお元気にお過ごしでしょうか?
この話は数人の方に個人的に話した事はあったものの、こういう文章として残した事がなかったなぁと思う出来事がありました。そもそも、すごい志があって、この世界に入ったわけではなかったんですが、なぜカイロプラクターになったのか?というお話を書いてみようと思います。

私は小学生から高校生まで器械体操をしていました。今や見る影もありませんが(笑)。小、中学生の頃は単に器械体操が楽しいなぁ〜!出来なかったことが出来るようになるのって嬉しいなぁ〜!という、ゆる〜い感じでやっていたのですが高校の部活まで行くと、なかなかハードなものになりました。現在では、どうなっているのかあまり知らないのですが、中学生までは床、跳馬、鉄棒の3種目。高校からは平行棒、あんば、つり輪が増えて6種目になります。それら増えた3種目を高校生活3年で、それなりの形を作るというのは、かなり大変な作業でした。もちろんその他の3種目についても、ゆる〜くやってた中学生からすれば、格段にレベルが上がるので大変でしたが。しかも当時は「規定演技」と言う選手が全員同じ内容(比較的簡単な内容なのですが地味に難しいことが求められたりする)の演技をするものと「自由演技」と言う自分だけの構成の演技をしなくてはならなかったのです。私のレベルでは規定演技をしっかり通す事も難しかったです。現在は規定演技というものは無くなってる模様ですが。

器械体操は6種目の合計得点で順位が決まるという競技です。テレビなどでオリンピックや世界選手権をご覧になられた事がある方なら、なんとなく想像できるのではないかと思うのですが…ものすごくハードな競技です。当然のことながらケガや不調といったものも付き物(これは器械体操に限った話ではありませんが)になってくる訳です。私の場合は肩と腰をやられました。何処か不調が出てくると当然全体のパフォーマンスが落ちます。そうなると気持ちも身体も、どんよりとした不快感に包まれ、なんとも言えない苦痛感が生まれます。そんな中でも毎日練習をし、上手くいかないことに苛立ってみたり、なんだか現実逃避をしてみたり。そんな状態なのに何故か「やめる!」という選択肢は出て来ないところが体育会系の不思議なところです。

さて、なんとか高3最後の大会(私の場合は近畿大会だった記憶)が終わるとお次は受験という戦いが始まる訳です。私にはクッキリとした将来の夢というものがありませんでした。なので大学も体育学部に行って器械体操を続けようかなぁ〜と、ぼんやりと考えていました。体育学部へ行って将来は体育の先生か?う〜〜ん、なんかシックリこないなぁ…でも器械体操で職を得るというのはコーチ業ぐらいで自分の力量(実力)から言って現実的ではないなぁ…などと考えているうちに推薦入試の時期に突入し、とある大学の体育学部の実技試験の時でした。長旅の疲れか引退してからあまり体を動かせていなかったせいか、鉄棒で2回落下(落ちるというより吹っ飛ばされたという表現が正しい^^;)したんです。ええ。試験官が「君、大丈夫か!?」と思わず立ち上がってビックリするぐらいの大失敗でした。何かが違ったら大怪我か、それ以上のことになっていたかも知れません(^^;)そんな事があって、その頃から次第に自分の本当の気持ちに気づき始めました。そして受けた大学を全落ちした頃…

「もうこれ以上、器械体操やりたくないかも!」

今から考えると、いや気づくの遅すぎやろっ!ってツッコんでしまうところですが、若き阿部少年は、かなりのアホなのです(笑)。その思考になって、やっと見えてきた気持ち…実はなんでか以前から体のことに興味があり、ならば自分はこれからスポーツ障害で困っている人のケアやサポートする人になるという目標はどうか?と考えた訳です。実際に自分の感覚として、かなりシックリくる目標だったのです。なんか想像するとワクワクする感じ。こういうのって理屈じゃないことが多いですもんね。そこから急に体育学部を受けるのを止め教育学部スポーツ健康学科のようなところを受けたのですが…ちゃんと勉強してなかった阿部少年が受かるわけもなく…orz

さて受験の全日程が終わり、どこにも引っ掛からなかった私は、1年浪人して…というのがどうにも気が向かず(←勉強嫌いだから)、ある日、母が持ってきた新聞の切り抜き記事を見ます。

「まだ間に合う専門学校一覧」

その記事に載っていたのが「カイロプラクティック」の専門学校だったんです。当時テレビでとんねるずの石橋貴明さん扮する「愛のカイロプラクティック・ホイコーロー先生」というコーナーがありました。なのでカイロプラクティックという言葉は知っていました(笑)が、実際どんなものなのか?ということは知らず、分かっているのは、どうも背骨の矯正をするらしいということだけ。そこで近所の図書館に行きます。で、1冊だけあったカイロプラクティックの本を読みました。読み終わった後、思ってたよりもずっと本格的に体に対してのアプローチができる分野であるということがわかりました。そうか、この手があったか!と、またあのワクワク感が戻ってきたわけです。

そして専門学校に即電話をし、話を聞き、よしこれで行こう!と願書を出し、入試(と言っても一般教養の筆記と面接のみ)を経て、晴れて入学となりました。そんなこんなで私のカイロプラクター人生が始まった訳です。その先にもいろいろな出来事があり、どんどんカイロプラクティックの世界にのめり込んでいき現在に至りますが、長くなるので、また別の機会にでも(続くのか?)。

皆さんは自分の進路ってどうやって決めましたか?十人十色、百人百色のストーリーがあるんだろうなぁと思います。何かの機会に聞かせてくださいね!

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